仕立屋のワードローブ
仕立屋言葉
2018年05月10日号
どの業界にも独自の言葉が存在します。ズボンの裾を折り返したデザインは一般にダブルと呼ばれていますが、洋服を縫う職人さんはこれをカブラといいます。寒い季節の根菜である、あの蕪のことです。日本の職人さんは明治時代に外国人が着ている洋服を初めて目にし、早速これを縫おうとしました。ダブルになったズボン裾を見て「これは何か」と西洋人に尋ねると、「turn up(折り返し)」だという答えが返ってきました。その発音が「turnip(蕪)」と混同されてカブラの語源になったそうです。ズボンの後ろポケットを「ピス」と呼ぶのは、その昔ここに護身用のピストルを入れていたためだと聞きました。
以前は一般の方でも経年劣化した糸が切れやすくなる現象を「糸がくみる」とおっしゃっていました。辞書を引いても「くみる」という単語は掲載されておらず、裁縫独自の用語かと思えます。糸がくみる現象は絹糸でよくみられるのですが、近年家庭では化繊の糸を使うようになったので、この言葉も今や絹糸をよく使う仕立屋の間だけで通じる用語になっているかも知れません。
裁ち鋏で生地を留めているシツケ糸を切っているときなどに、どうかすると刃先が生地に当たって小さなV字型の切れ込みを作ってしまうことがあります。仕立屋はこれをタケノコと呼び、職場で10年に1回くらい発生する大事故です。