前尾道市病院事業管理者
罷免取り消は求めた裁判(7)
原告本人が尋問受ける

2015年02月01日号

前尾道市病院事業管理者

 前尾道市病院事業管理者の青山興司氏が、尾道市(平谷祐宏市長)を相手に「罷免取消」を求めた裁判(事件番号平成25年行ウ第19号)が、広島地方裁判所(広島市八丁堀)で13年9月から続いている。昨年12月17日には9回目が開かれた。地方公営企業法により定めた事業管理者の権限、身分に照らして罷免の正当性がこの裁判で争われている。回を重ねた裁判も大詰めを迎え、この日は加納彰前副市長に次いで原告への尋問があった。その青山氏が語った内容をリポートし、この裁判の核心に迫っていきたい。(西亀 悟)

 この日の尋問は、原告代理人が青山氏へ前職での業績を尋ねるところから始まった。 これを受け「院長として就任した岡山医療センターは国立病院から独立法人に変わった時期でした。抱えていた借金350億円について年間20億円の返還が義務付けられ、6年間で120億円を返済した。146あった国立病院の中では一番営業利益を上げた業績を評価され、理事長から定年後さらに2年間の延長依頼を受けその職に留まりました。その後高梁市の市民病院の経営がよくないということで経営コンサルタントを2年間務め、7千万円あった赤字を黒字に転換しました。経営次第では規模の大小を問わず財務体質を改善できると考え、尾道市の病院事業管理者の職をお受けしました」と答えていた。
病院経営の視点
 実際に着任してからの状況については「市民病院の経常収支は黒字になっているものの、それは医療制度の改革、具体的にはDPCと呼ばれる制度(包括医療費支払い制度)に上手く乗ったためで、これを物差しにすると一見よい状態にあるように見えます。しかし、実際は現金保持高が少なく、このまま放置すると自転車操業に陥ると危惧を抱きました。退職金の引当金も不十分で、老朽化した病院の将来の建て替え資金などを考えると大変な状況にあると判断しました。それでも市の関係者は危機感が薄く、市長らにこうした認識の甘さを改めてもらうことから始めました」と語っていた。
 その後、原告、被告両代理人から「医師を新たに確保することが就任後の役割とされていなかったか」と問われ、次のように答えた。
 「就任前にそういう要請は一切ありませんでした。しかし、院内には『私を招聘する目的は医師を連れてくるためだ』と聞かされていた医師がおり、その認識の違い、誤解は最後まで溶けませんでした。実際のところは、私自身も医師の確保は必要と考えていましたが、それは大学に頼み込んで、挨拶回りを重ねることが医師を確保する上で必要不可欠なものとは考えていませんでした。大学とは基本的にはビジネスパートナーとしての関係がよいと思っており、上下関係のうえで大学の言われた通りに従うのであれば自主的な病院経営は成り立ちません。お互いに交流しながら、患者さんのためになる医師を育てていく関係でありたい。そうした理念のもとで、岡山医療センターに在任していた6年間で医師の数を2倍に増やすことができました。尾道でも大学へ服従、従属しなくても、魅力ある職場にすれば医師を増やせたと思います」
岡大とのあつれき
 この日、午前中に証言台に立った加納前副市長は「青山氏の不適切な言動が岡山大学とのあつれきを生み、辞めた後の医師を補充してもらえなくなる怖れがあったことが、罷免の要因になった」と述べていた。 
 これについて、靑山氏は次のように応じていた。 
「医師は大事な患者を抱えているわけで、上司との関係が悪いことを理由に辞めるのは身勝手です。たとえ辞めたとしても、大学は本当にそういうことをするのでしょうか。同じ医者としての良心があるなら、そのような露骨なことをするとは思えません。いずれにしても、そういう話は私を通り越して前副市長、市長が聞いてきたという話ですので、私には大学側の真意を測りかねます」
院内でのあつれき
 「病院長や医師とのあつれきについて、私はそのようなものがあると思っていませんでしたが『ある』と言う人がいるならあったのでしょう。医師が苦痛を抱いた理由の一つに長時間の会議が挙げられていましたが、月に何度か行う会議で大切なことをいろいろ決める必要がありました。そのため長時間に及ぶことがありましたが、それを苦痛に感じている人がいるのを知り、改めていきました。また、私が議会で病院の医師、スタッフは”親方日の丸”で過ごしていると語ったことが指弾されていますが、私自身にはそのように見えていました。かつて、京セラの稲盛さんが会社更生手続き中の日本航空の再生を託されたとき、同じ言葉を語って国に依存した体質からの脱却を訴えていました。市民病院も市の財政に依存する体質から脱却するために、意識を改めもらいたいと考えていたのですが、それが理解されなかったことは残念です」
裁判を起こした理由
 「市長は私を罷免する最大の理由として、指定の期日までに本庁に新設した執務室に移らなかった事を挙げています。病院の院長らと私を切り離すのが目的だったようですが、そもそも私の執務室は『私の仕事をやりやすくするために』と病院側からの提案で院内に設けられており、現場を優先している私としてはその要請に従うことはできませんでした。それを一方的に押し付けることは私の事業管理者としての権限を奪うことでもあるので、なおのこと従うことはできませんでした。最終的に罷免となったわけですが、裁判まで起こしてこの処分について争うに至った理由は2つあります。一つは私がまったく理解できない理由でわずか1年で罷免されたこと。これにより私が40年間医師として築いてきた名誉も地位も剥奪され、そして職も失いました。これは許し難いことと思いました。もう一つはこういうことを放置していては、地方公営業法で保証された事業管理者の身分が揺らいできて、それはこの法律を定めた国(総務省)の方向性を歪め、同じように理不尽に罷免される人が出てくると考えたからです」 

 靑山氏はこのように語った後、裁判官から「大学の圧力によって罷免処分を受けたと考えていますか」と問われ「残念ですけどその通りです。こうした圧力を全て私のせいにして、市長は責任逃れをしているかと思い、非常に辛い思いをしました」と胸の内を明かしていた。

 尋問は加納前副市長、靑山氏を挟んで平谷市長、黒田英治病院管理部長(当時)へと続き、2月17日〔火〕には市民病院の宮田明院長、山田朋彌市民病院事務部長(同)の尋問が予定されている。
 それぞれに主張があり、聴けばいずれにも「理」があると思われる。

 ここまでの傍聴を通して抱いたのは、行政を相手に争う裁判がいかに大変かということで、ここに名を挙げただけでも原告1人に対して被告は5人の陣容となっている。  これに市の法規係や市長への尋問でその名が出てくる医師、コメディカルスタッフらが背後に控えており、市長は「我々の主張が必ず認められる」と、いろんな場所で語っている。 次回は、その市長がこの法廷で何を語ったかをリポートする予定です。