人生の最期の迎え方
「看取り士」が繋ぐ
いのちのバトン

2017年09月20日号

人は死に臨むとき、どういう覚悟を持てるのか。戦後の高度経済成長に歩調を合わせ、医療の発達は目覚ましく、日本は世界一の長寿大国となった。だが利益優先や効率化を目指してきた結果、核家族や少子化が常識となり、老々介護や孤独死など様々な社会問題も生じている。家庭や心の問題をなおざりにし、“生”を得た答えも見失ったまま一生を終えるとき、そこに何が残るのだろうか。自分が本当に望む最期を迎えるため、本人と家族、友人、現世とをつなぐサポート役となるという「看取り士」について、話を聞いた。 (山田富夫)
 

最期の時を迎え、看取り士が見送る

柴田久美子代表理事

 社会保障・人口問題研究所の調査によると、65歳以上の高齢者数は2025年には3657万人となり、42年にはピーク(3878万人)を迎えると予測されている。また、75歳以上の高齢者数も増加していき、25年には2千万人を超え、更に55年には全人口の1/4を超えると言われている。終末期は在宅を希望する声が6割を超え、家族や親族に看取られたいという声も4割を超えている。だが核家族化や共働きの家庭が多く、受け入れ態勢が整わないまま受け入れて、介護のために退職を余儀なくされて困窮化する家庭も増えており、在宅医療を進めたい国にとっても対策が急がれている。その結果、本人の希望とは裏腹に、73年に老人医療費が無償化されたのを機に、76年を境に自宅ではなく病院で最期を迎える割合が増え続け、現在は8割を超える方が医療機関や介護施設で亡くなられている。
 
看取り士とは
 
 一般社団法人日本看取り士会(岡山市北区横井上1609-2-107、柴田久美子代表理事、電086・728・5772)は12年に設立。14年に岡山市に本部を構えた。「看取り士」は全国に285人おり、岡山県内には20人、福山市内でも2人が活動している。
 看取り士とは、同会の柴田代表理事=写真=が提唱している専門職で、民間資格。人生の終末期に寄り添い、最期の時までその人らしく生きるお手伝いをする。余命告知を受けた患者に、どこで誰と暮らすか、医療はどうするかなどの願いを最初に聴き取り、ケアマネージャーや医師、訪問看護師、家族やボランティア「エンゼルチーム」と協力して、介護保険・医療保険などを活用しながら幸せなエンディングが迎えられるように有償でプロデュースする。

看取り士講習会

 エンゼルチームはボランティア組織で、柴田代表理事の死生観に賛同し、看取り士を支える活動を無償で行う。依頼者の意思を尊重し、一定時間そばに寄り添い、見守りをする。家族もそのメンバーになることがあるが、全国では5―85歳の男女が登録されている。
 柴田代表は島根県出雲市出身。日本マクドナルド㈱で社長秘書、ライセンス店店長としては社長賞を数回受賞。その後自営業などを経験後、「他人の役に立つ仕事がしたい」と福岡県の特別養護老人ホームに勤務。やがて島根県知夫里島に移住して看取りの家「なごみの里」を開設した。「生まれた時、母親に抱きしめられた時のように、逝く人たちを抱きしめて看取りたい」という思いからだった。「余命宣告を死までのカウントダウンと効率的にとらえず、その旅立ちの時を安心して幸せに迎えられるようにしたい。その方が“生まれてきてよかったな”と、その時まで生きて輝くお手伝いをしたい。どのようにその時まで過ごされるか、延命治療の可否や、その後の葬儀やお墓のことまで具体的に伺い、ご本人やご家族の意思を尊重し、医療保険や介護保険を使いながらできる限りご希望に添うようサポートします」。前向きに生きることで、告げられた余命期間が大幅に伸びたケースも多いという。

福山の看取り士

 福山市内在住の会社員・濱田怜一さん(37)は、今夏看取り士の資格を取得したばかりだ。2年前に岡山で開かれたあるWS(ワークショップ)で北海道在住の看取り士と出会い、興味がわいたという。昨年12月、QOD(一人ひとりの死の質)や最期について語り合うカフェ「看取りーと」が岡山市内で催され、柴田代表と会い、活動内容について更に興味が増したという。「団塊の世代である両親ですが、私は親の愛を見失った時期もありました。看取り士の養成講座に参加することで、自分の持つ生きづらさや両親との関係性に何かしら答えが出せるのではないかと思ったんです」。養成講座に参加し、座学や「胎内体感」などを受講。後者は、胎内にいた安心感を取り戻し、自己肯定感を高める研修で、「両親との往復書簡を想定して書くというひとり文通の課題があったのですが、最終日にある男性が皆の前で発表した内容が、自分の抱えていたテーマと重なっていました。そのとき第三者的に自分を見ることができて、自分がいかに両親に愛されていたかを実感できました」と振り返った。
 自己の中に「愛」を実感したことで、看取り士として活動できる自信も深めたという。今年度中は更に修業に励み、エンゼルチームにも参加して、来春からは本格的に社会貢献をしたい―と意気込んでいる。なお同会の看取り士養成講座は全国で開かれており、詳細は看取り士会まで問い合わせる。

見送りの時
 
 最期のとき、看取り士は旅立つ本人の背中や腕をさすり、「大丈夫ですよ」「ありがとう」と声をかけ、その瞬間まで寄り添う。家族の中には、そこで初めて本人と心通わせ合う瞬間があったり、それまでこらえていた思いが噴出してしまったり、静かに語り合いながら見送ったりと、様々な姿が現れる。「この世に別れを告げるまで生ききることができたなら、死は恐怖ではありません。ご家族の方と呼吸を揃え、思いを静かに伝え、その瞬間まで抱きしめながら死を受け入れ、いのちのバトンをきちんと次の方に伝えていくことが、我々の役目だと思います」。
 合理的な考え方では、肉体的な死が生命の終わりを意味する。だが「看取り士」が関わることで、死は人生の締めくくりとして人の心に残り、家族や友人ら関わった多くの人の心の中で生き続けることができる。高齢化社会にあって、40年には死者数が年間約167万人に達するという。本格的な多死社会と在宅医療とがあいまって、医療難民や自宅死は増え続ける。より良い「死に方」が、求められる時代になっていく。