果たして空き家は負の遺産か?
NPO法人尾道空き家
再生プロジェクト

2019年08月20日号

 尾道市が17年3月に発表した「尾道市空家等対策計画」によると、総住宅数に対する空家の割合は、6万9230戸中1万2590戸(18・2%)と県平均(15・9%)や全国平均(13・5%)よりも高い。しかも不在や賃貸、売却のためではなく、放置されたままの住宅の割合が多い。これはひとつに道が狭く急峻で、工事用の機械や車輌が入れないために改築や解体が難しいことなどが理由として挙げられている。果たして空き家は負の遺産か。NPO法人尾道空き家再生プロジェクト・豊田雅子代表理事の10年間の試みから考えてみる。(岩田典子)

始まりはガウディハウス

 豊田氏は学生だった90年代から、旧尾道市街地に空き家が増えていることを見聞きし、胸を痛めていた。大阪で就職し旅行添乗員として20代を、公私ともに海外を行き来して過ごす。景観を守り受け継ぐ美しいヨーロッパの町並み、特に小高い丘にぎっしりと家屋のひしめく、イタリアの都市マテーラに強く惹かれ、何度も訪れたという。その風景に地元・尾道のもつ独特な古い家屋と坂の町の風景を重ねた。
 「このまま空き家を放置すれば町の良さがなくなってしまう」と危機感を抱き、自分に出来ることをしようと考えた。趣味の範囲ながらセカンドハウスにと、帰省の度に再生可能な物件を探し歩いた。6年目で出会ったのが、千光寺山斜面に建つ独創的な設計の空き家で、築70年の通称「ガウディハウス」だった。昭和初期の大工が技巧の限りを尽くした建築物に一目惚れしたという。解体の話を耳にし、「壊すくらいなら、私が買って直します」と07年5月に購入。その後、大工である夫と少しずつ修復を重ねていった。その様子をブログで発信すると、全国から問い合わせや移住希望者など1年で100人ほどが連絡をしてきたという。

同じ価値観で繋がる

 空き家探しに取組んだ6年間に、同じ思いを持つ人たちとの繋がりが自然にできていった。07年7月には、手仕事や古いモノのよさを理解するメンバー約20人で市民団体を設立。翌年にNPOを立ち上げた。09年からは市の委託を受け、西土堂町、西久保町などの特別区域の「空き家バンク」を市と連携して運営してきた。

 活動の特徴は、空き家再生に5つの視点「コミュニティ・建築・環境・観光・アート」をかけ合わせ、新たな地域の仕事や価値を創出している点にある。建物の内部見学会▽再生現場でのワークショップ▽公開工事を体験する「尾道建築塾」▽まちづくりを研究する学生の発表▽各種活動の報告会「尾道まちづくり発表会」▽空き家から出る家財道具などを販売する「現地でチャリティ蚤の市」▽力仕事のボランティア「土嚢の会」▽荒地だった空き地を地域の親子連れで手作り公園に再生する「尾道空き地再生ピクニック」▽国内外で活躍するアーティストを招いて開催する「AIR Onomichi」との連携など、再生だけでなく、それ自体をワークショップにし、若者を中心に空き家問題に正面から取組む活動も行っている。

問題解決がプロジェクトに

 その成功事例のひとつとして、ゲストハウス「あなごのねどこ」がある。観光客の数に対して、宿泊客が少ないことが問題だった尾道の課題に着目し、低価格の宿泊施設を作ろうと取組んだ。この空き家は明治時代に呉服屋が商店街に建てた町家で、奥行きが40mもあり、細い路地や裏庭がある。1年ほどかけ修理や準備をし、ドミトリー形式のゲストハウスとカフェバー「あくびカフェ」、交流スペース「あなごサロン」などが一緒になった複合施設を12年12月にスタートさせた。2階にベッドがあり(1泊2800円から)で、1度に泊まれるのは20人ほど。年間稼働率の平均は7―8割だという。改修などにかかった借入金を5年で返済し終え、採算のとれる経営を続けている。

熱意が法律を変えた

 それまでのNPOとしての活動が評価され、16年9月5日に官邸で開かれた「歴史的資源を活用した観光まちづくりタスクフォース(第1回)」に有識者の1人として出席。古民家等を活用した魅力ある観光まちづくりの活動についての事例発表を行い、アドバイザーとして助言を行った。

 これらの意見を参考に、国土交通省は、既存建築ストックの活用・木造建築物の整備の推進などの社会的要請等に対応して規制を見直し、「建築基準法の一部を改正する法律(18年法律第67号)」が19年6月25日に施行となった。「小規模特殊建築物に係る合理化(同法第27条関係及び第6条)」は、既存建築ストックの用途変更による有効活用を促進するため、建築物の用途を変更して特殊建築物のいずれかへ用途を変更する場合、200㎡以下の建築物について、建築確認手続きを不要とした。

 豊田氏は「これまでは古くて大きな屋敷は活用しにくかったが、改正によって資源活用の幅が広がり、大型の空き家再生にも取り組めるようになった」と喜んでいる。

まとめ

 豊田氏は空き家再生について「愛着のある古いものを直しながら使うことは大事です。尾道にとって空き家は負の遺産ではなく地域資源です。先人の残した眺めに新しいアイデアを加え、融合させていく。私たちは、昔と未来を繋ぐ橋渡しを行っているんです」と話していた。

 この10年で、バンクの空き家提供数は65軒から137軒に、成約件数は100件以上、移住者数は150人以上になった。数字がその成果を表している。取材を通じて、価値観を共有する人々の繋がりのエネルギーとそれに賛同する人々が寄付や活動を提供するという現実を目にした。諸事情でバンク登録を踏みとどまる地元の家主の意識を変えたい、文化財級の空き家をどうするのか、その資金調達は? など、新たな課題にも取組んでいるNPOの動きに今後も目を向けていきたい。